松原 哲(マツバラ アキラ)
Matsubara Akira
高岡法科大学法学部教授
専攻
民法 消費者法 交通事故法

吸血鬼とマルチ商法

 明治生まれの祖母は、ハイカラな人(もう死語でしょうか?)で、一人で、ときには幼い私を連れて映画館に洋画をよく見に行っていました。その祖母の趣味であったのか、それとも子供に対する配慮のつもりであったのか(「配慮」とすれば最悪ですが)、吸血鬼、半魚人、狼男等を題材にしたB級怪奇映画も少なくありませんでした。おかげで私は、その後、SF映画やSF小説の世界にも抵抗なく入っていき、「ブレードランナー」「スターウォーズ」「ターミネーター」「パトレーバー」といった映画や、ル・グインの「ゲド戦記」、イタロ・カルビーノ、筒井康隆さんらの作品等の熱烈な支持者となってしまいました。さて、当時見た怪奇映画の中で、最も印象に残った(というより、一番怖かった)作品は、「吸血鬼ドラキュラ」物です。吸血鬼の怖さは、ほかのモンスターのそれとはいささか異なります。怪物の姿が異様である、人を襲い殺す方法が残忍であるといったことではなく、吸血鬼に襲われた人間は、生血を吸い取られ、自らも吸血鬼となって親しい人間を襲うという呪われた宿命にあります。
 さて、以前から、特に若者の間に、「マルチ商法」とよばれる悪質商法が流行っており、被害が絶えません。被害者は、知人から「いいアルバイトがある」などと誘われ、わけも分からずに組織にとりこまれ、多額の出資を求められ(多くはサラ金の利用を余儀なくされます)、また、自ら勧誘員となって親しい人を勧誘し、被害を広げていきます。マルチ商法は必然的に破綻するシステムですから、マルチに取り込まれた若者は、自ら深刻な経済的被害を被るだけではなく、勧誘者として友人らに被害を拡大していくことになります。この点で、マルチ商法はおそるべき「吸血鬼商法」であるといえます。

 「マルチ」とは、マルチ・レベル・マーケッティング・プラン(多段階販売方式)の略称です。1964年にカリフォルニア州で設立されたホリディー・マジック社が、このシステムによる化粧品販売を行ったのが始まりです。その後、同社は、「アメリカ随一の消費者詐欺」と批判され、アメリカ国内での活動ができなくなりました。そこで、同社及び後発のマルチ業者達が海外進出し、わが国では1971年ころからマルチ業者が活動を開始して、被害を広げていきました。

 マルチ商法の仕組みは極めて複雑で、また、法規制を免れようとして、次々と新たな形態を開発します。マルチ業者は「自分達のやっているのはマルチではない」と言って、消費者を勧誘するのが常道となっています。その商法は、例えば次のようなものです。最初、勧誘員から商品購入と同時に、簡単に多額の利益を得られるので勧誘員(「販売店」「会員」などその名称は様々です)になるように勧められます。システムが複雑で、組織や契約内容について理解できないまま、加入させられてしまいます。加入に際しては、加入金、研修費、販売用商品の購入代金等を会社(マルチ業者)に支払うことになります。商品販売よりも勧誘員を増やすこと(「リクルート」といいます。企業の「リクルート」社はマルチと無関係です)により利益があがること、また、さらに勧誘員を増やし、一定の支出をすれば上位の資格を取得でき、より多くの利益をあげることができると説明されます。そこで、加入後は、勧誘員として積極的に友人、知人、家族、親戚等を勧誘し、被害を広げていきます。最近は、知人に「非常によいアルバイトがあるから話を聞いてみないか」と誘われ、多数の者が集まる会場に連れて行かれ、異常な雰囲気の中で成功例を聞かされ、いわば洗脳されて勧誘員になる例が多いようです。
 販売業の外形をとっていますが、マルチ商法の本質は、実は人集め(リクルート)にあります。人を加入させて出資させる、それだけのために(また、それを隠蔽するために)極めて分りにくい複雑なシステムをとっています。このようなシステムは、必ず破綻します。いうまでも無く、人口は有限だからです。この点は、ねずみ講と全く同様です。その結果、最初に商売をはじめた少数の者だけが法外な利益をあげ、多数の後続加入者が大きな損失を被ってこのビジネスは終了します。マルチの被害者は多大の経済的損失(多くの場合、サラ金に対する多額の借金)を被るだけでなく、マルチ被害を与えた友人、知人あるいは身内との人間関係に修復できないダメージを被ります。考えてみて下さい。そもそも私達が経済的な利益を得られるのは何故かということを。それは、物を生み出したり、サービスを提供したりすることによって、社会に何らかの経済的価値を生み出すから利益を得られるのです。人を集めることは、それだけでは社会に何も価値を生み出さないのですから、それによって利益が得られるということはそもそもあり得ないはずなのです。

 「特定商取引に関する法律」では、マルチ商法を「連鎖販売取引」として次のような規制を行っています。
(1)  広告において一定事項の表示を義務付け、また、誇大広告・虚偽広告を禁止しています。例えば、雑誌やホームページなどでの「月収○百万円以上が簡単に稼げます」といった内容の広告は違法なものとなります。
(2)  契約を勧誘する際や、契約解除(契約をなかったことにすること)を妨げるため、@商品の種類・性質・品質又は権利・役務(「えきむ」と読みます。サービスのことです)の種類・内容、A特定負担(連鎖販売取引にともなって客が負担すべき商品代金又は取引の手数料、要するに、マルチに勧誘された被害者が余儀なくされる支出)、B契約解除、C特定利益(リクルートマージン、要するに、マルチに人を勧誘する等によって得られる利益)、D客の判断に影響を及ぼす事項につき、事実を故意に告げなかったり、不実のことを告げる行為、人を威迫して困惑させる行為は禁止されています。違反すると犯罪行為として懲役・罰金といった刑罰を受けることになります。マルチは犯罪なのです。
(3)  マルチ業者は、契約締結までに連鎖販売業の概要についての書面、また、契約締結時に契約内容を明らかにする一定の事項を記載した書面を交付する義務を負います。記載事項には(2)の事項も含まれます。従って、「契約の勧誘に際して、又は契約の解除を妨げるために、事実と異なることを告げると、特定商取引に関する法律により罰せられます。また、契約を締結させ、又は契約解除を妨げるために、相手方を威迫して困惑させると同法により罰せられます。」といった記載を含む書面を交付しなければなりません。
(4)  20日間のクーリング・オフ期間が認められています。起算日は、原則として、契約書面受領日です。従って、正当な契約書面を業者が交付しない場合は、いつまでもクーリング・オフが可能です。
 

 不況や就職難がマルチ商法を増大させています。クーリング・オフ等があるからといって安心せず、@わけの分からない話には絶対に乗らない、Aもうけ話をもってくる人間(業者)は自分がもうけようとしているのだ、B最初に出費を必要とする消費者むけビジネスは信用してはならない(特に、サラ金からの借金を必要とするものは全て「悪質商法」です)、といったことを忘れないで、自衛して下さい。皆さんが吸血鬼とならないために。

<追記>
 仕事の内容をきちんと説明しないで、「会場(あるいは会社)で話だけ聞いてみてくれ」という勧誘はマルチでしょう。洗脳されますので会場(会社)には行くべきではありません。また、勧誘されてなにか変だと感じたら、すぐに各県の消費生活センターに電話して相談してみてください(無料)。
富山県消費生活センターの電話番号: 076-432-9233
076-432-2949

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